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2013年7月19日(金)

環境心理学で考える

第37回 見えるが見られない:見晴らし隠れ家理論 

 第35回「団地物語(2):自然監視再考」の結論で、自宅・自室のようなプライバシー欲求の高い環境を、公共空間を監視する路上の目として機能させるには「見ることはできるが、見られることのないデザインが必要なのかもしれない」と書いた。この、見ることはできるが、見られない状態の望ましさを主張している理論がある。見晴らし-隠れ家理論(prospect-refuge theory)である。

 地理学者のジェイ・アップルトンによって提唱されたこの理論は、人間を含む多くの生物には進化の過程で獲得した、生存に有利になる環境パターンに対する選好があり、その一つが外部の状況変化や外敵の様子を見ることはできるが、外敵からは見つかることのない状況であるとする。進化の過程において生存に有利な環境に対する選好を獲得したという考え方は、第6回「サバンナへの郷愁:バイオフィリア仮説」で紹介したバイオフィリア仮説と共通するもので、こうした考え方は進化論的な視点といわれるものである。

 自然界において見晴らし-隠れ家状態は、たとえば下の写真のように植え込みに姿を隠しながらも、枝葉の隙間から周囲の様子をうかがうような場合に実現される。

 小鳥や弱い小動物が、敵から身をひそめながらも、安全に活動できる時を見計(みはか)らっているイメージであろう。

 それでは、建物などの人工的な環境で、「見晴らし-隠れ家状態」を実現するにはどうすればいいのか。基本的には、自然の状態と同じパターンで実現できるだろう。遮蔽となるものが近くにあるならば、開口部は小さくとも視界は確保できる。したがって、壁の大部分を占めるような窓ではなくとも、監視には十分なのである。また、少なくとも椅子に座っている高さより下の室内部分が見えるような窓や見通しのきくフェンスを設けることは、プライバシーの観点から明らかに望まれないことが多いだろう。また、窓を極端の大きくせず、さらに深めのひさしを設けることで、室内外の明るさの差を生み出すこともなども有効な手段かもしれない。

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