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2018年12月19日(水)

行動観察と社会心理学

第101回 外国語を使う必要がなくなる日は来るか-Society5.0構想と関連づけながら-

 ミス・ユニバースのアメリカ代表が、ベトナムやカンボジアの代表が英語を使えない(聞いたりしゃべったりできない)ことを揶揄する発言をしたと批難を浴びている。どうやらアメリカ代表の真意は、「大会の説明や進行が英語でなされるのに、英語が使えないのはさぞかし不安だろう」という同情にあるようだが、「英語ができないなんて!信じられる?」という発言は、いかにも「英語がすべてであって、それができない連中は下等である」という偏見・差別が無自覚のうちに表れた傲慢な態度と受けとられても仕方ないものだったといえるだろう。
 
 海外に出て、現地に長期滞在して生活し、仕事をする場合には、現地の言葉を使えるか否かは、最も頭を悩ます問題である。筆者も国際学会に参加するたびに、「もっと英語を鍛えておくべきだった」と、しょげかえって帰国することを繰り返してきた。旅行程度であれば、つたない英語でも、なんとかなるのだが、専門的な見解のやりとりとなると、そうは問屋が卸さない。特にアメリカの研究者たちの場合、早口で流暢に話せることは有能さを象徴するらしく、立て板に水のごとく話す。それと対峙するのはなかなかの試練である。

 最近では、簡単な会話であれば、日本語で話すと、それを指定の外国語に変換して発声してくれる機器まで登場している。それに加えて、内閣府肝いりの科学技術政策としてSociety5.0の構想が打ち上げられているのも注目される。いつの日か、こちらが日本語でしゃべれば、瞬時に相手の母国語に変換されて伝えられ、相手の話す言葉も瞬時に理解できるようなツールの登場も夢ではないだろう。

 Society5.0の詳細については、総務省のホームページ( https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/index.html  )を参照していただきたい。実現に迫っているものでよく見聞する身近な取り組みが、自動無人運転のようである。実際のところ、技術的な課題はクリアしつつあり、後は社会実験を行って、社会実装を進めていくことになるという。ただ、ここで克服すべき課題として待ち受けているのが、そうした技術と人間社会とのマッチングである。どんなに正確に運航していても、事故を防げないこともある。そのとき、その事故の責任は、どのようなルールに基づいて負担し合うといいのだろうか。

 事故を起こさないように技術的に裏打ちされた自動走行システムを装備しているがゆえに、事故の当事者同士、どちらも自分の非を認めたくないのも人情だろう。人間の認知の特性として、利益よりも損失に敏感である。同じ金額でももらえるときのうれしさに比べて、失うときのショック・悲しみの大きさはかなり大きい(本コラム第37回 で紹介したプロスペクト理論の説明を参照されたい)。損失をどのように負担し合うのかについてのルール作りが、論理的には進まず、理不尽なほどに時間がかかることは、温室ガス排出規制や移民政策、国家間の領土問題等の議論や交渉の推移を見れば明白である。

 人間の社会行動は、自己利益を追求する競争的動機づけと、他者との協力関係の構築を追求する協同的動機づけが混合する中で、絶妙のバランス感覚に従って生まれてくる。Society5.0による社会変革は、幸福な生活を営む上で大いに役立つことを期待したいが、単に便利になるだけでは、幸福は訪れないことに我々はもう気づいている。

 多様な文化的・宗教的・経済的背景を持った人々が交流しながら、築いていくのが、多様性豊かな社会であればこそ、様々な衝突(葛藤)の発生は避けられない。言葉の違い、しぐさの意味することの違いを超える取り組みは、コミュニケーションの機会を増やし、互いの思いを理解し合うことにつながる。冒頭に紹介したミス・ユニバースのアメリカ代表のうかつな発言も、その真意が伝わるコミュニケーション・システムが支えてくれれば、激しい葛藤と厳しい非難にはつながらなかったのかもしれない。

 とはいえ、人間は善良な面だけでなく、邪悪な面も兼ね備えている。邪悪な思いが相手に伝わってしまうシステムというのも考え物だ。他者と協力しあい、支えあっていかなければ一人では生きていけない動物である以上、葛藤を適切に調整できるシステムの開発は、地球上で人間が持続可能な動物であり続けるために、避けて通れない重要課題であり続けるだろう。幸いにも、自己利益追求と協同関係構築追求の相反する欲求が混在する「社会的ディレンマ」状況の健全な解決に向けたシステム開発に関する研究も、Society5.0 の取り組みの中に存在するようである。その成果に期待したい。

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