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2018年8月27日(月)

行動観察と社会心理学

第97回 年上の部下とのコミュニケーションが難しく感じられるのはなぜか?-社会心理学的視点で素朴な疑問に向き合う⑧-

 かつて、ある組織の管理職の方々に、リーダーシップを発揮しようとするときに難しさを感じる問題についてお話をうかがった際に、「部下の中に自分より年長でベテランの人がいて、なかなか言うことを聞いてくれなかったり、『吾(われ)関せず』という態度をとられたりで、やりにくくて仕方がないんです」という思いを吐露してくれた人がいた。その後、様々な組織の管理職の方々と交流する機会をとらえて、上述のような難しさを感じることがあるか尋ねてみたが、年長者の部下とのつきあいやコミュニケーションの難しさは、多くの人が素朴に感じる問題のひとつのようである。

 なぜ、部下の中に年長者がいるとやりにくさを感じるのか、その理由はいくつか考えられる。ひとつには、「管理者は上に立つものであり、部下をコントロールしなければならない」という観念にとらわれてしまっている場合が考えられる。年長者は自分よりも経験が豊かであって、専門的な知識に長けているので、コントロールしようにも、それは難しいと不安や心配を感じてしまうのである。

 「いやいや自分にはそんな固定観念はない」と言う人も多いだろうが、固定観念は普段の生活では意識されにくい潜在的な信念に近い心理であって、自分でも知らず知らずのうちに、その枠組みで自分の生活で起こる様々なできごとをとらえ解釈する基盤になっているものである。前回紹介したように、自分の中にある「リーダーたるものかくあるべし」という理想像(リーダーシップ・プロトタイプ)に基づいて他者を評価したり、チームの業績の良し悪しは結局のところリーダーに原因があると結論づけたりするのも、ほぼ無自覚のうちに自動的に行われている認知行為である。組織の一員として働く以上、状況によっては、管理職たるもの部下をしっかりコントロールしなければならない、という観念にとらわれてしまうことがあっても仕方ないこともあるだろう。

 もうひとつ重要な理由として、日本社会に根強く定着している「タテ社会」がもたらす「先輩-後輩」関係を尊重する心理の存在が指摘できる。夏の高校野球・甲子園大会も100回目を迎え、大変な盛り上がりを見せたが、ほとんどのチームで、キャプテンは3年生が務めているのが「普通」だろう。卓越した力量を認められエースピッチャーや4番打者を務める1年生や2年生はこれまでにもたくさんいたが、キャプテンを務める1年生・2年生にはなかなかお目にかかれない。チームをまとめるのは年長者たる3年生の務めであるし、後輩は、野球選手としてどんなに優れた技量を持っていても、先輩に対する敬意を失うようではいけないという教えは、日本社会には広く浸透しているといえるだろう。

 「タテ社会」とは日本社会の特性のひとつとして中根千枝氏が名づけた表現であるが、筆者なりに整理してイラスト化すると図のように表すことができるだろうと思われる。タテ社会では、先輩-後輩関係が人間関係の基軸である。それ以外の経済の貧富や学業の良し悪し、学歴や社会的地位の高低なども、人間関係を彩るものではあるが、あくまでも基本的に人間は皆同じ存在であって、一番大事なのは、この世に先に生まれたか、後に生まれたか、この学校に(あるいは、この組織に)先に入ったか、後に入ったか、であるとする観念である。この観念は人によって多少の強弱はあっても、日本社会には広く共有され、定着しており、日本で生まれ育ち、生活するうちに、知らず知らずのうちに、個人の観念に浸透していく。

 現在の日本の若い人たちでも、先輩-後輩の関係には敏感なようである。私の経験談で恐縮だが、欧米からの留学生を対象に、日本社会や日本人の心理の特性を解説する授業を行ったときに、ベルギーからの女子留学生からこんな話を聞いたことがある。彼女はベルギーで経済学部を卒業して大学院に通っていたが、日本の組織経営が素晴らしいという本を読んで関心を持ち、日本の組織経営のすばらしさがどこにあるのかを実感できるのではないかと期待して、日本に短期留学してきたという学生であった。年齢は24歳だった。日本の大学での生活にも慣れ、日本人の仲良しグループの一員に加わって、楽しく学生生活を送っていたようである。ある日、学生食堂で仲良しの日本人グループと一緒に昼食をとっていたときに、ふと年齢の話になったので、24歳だと話したところ、日本人の学生たちのそれまでのフランクでなれなれしかった態度が少し変わり、言葉遣いも丁寧になって、彼女はその変化に驚いたそうである。彼女はそうなる前の、なれなれしい、くだけた感じのつきあい方の方が、いかにも日本人の若い子たちと交流しているという実感があったので、最近の丁寧な礼儀正しい態度は残念なのだと言っていた。そして、なぜ、日本人はわずか2,3歳の違いなのに、年齢をそんなに気にするのか、堅苦しい態度をとろうとするのか、全く理解に苦しむとも言っていた。

 これはひとつの例でしかないが、自分よりも年長者の部下を抱える管理職が感じるつきあいの難しさとも通ずる心理が背景に存在するように思われる。我々日本人は、他者とつきあうときに、相手の年齢や在職年数をどうしても気にしてしまうのである。そして、自分よりも年長者・長期在職者に対しては、敬意を払い、礼を尽くすべきだと考えてしまう。これは、子どもの頃から長く、タテ社会の観念に親しみ、受け入れて、自分自身の観念にしているため、知らず知らずのうちに自動的にタテ社会的な考え方をしてしまうから、気がつくとそうなってしまうのだといえるだろう。

 ただ、これは主に人間関係の出発点における心理的現象だと思っておいて良い。つきあいが始まり、人間関係が深まれば、次第にお互いの理解も深まり、最初に無自覚のうちに作り上げた心理的な壁も次第に溶かすことができるようになることが多い。ただし、なかなか溶かすことができない場合もあって、だからこそ人間関係は難しい。そんなとき、自分自身の心の中に固定観念がまとわりついていないか振り返って見ることも、心理的な壁を溶かしていくひとつの起動点になりうることは知っておいて損はないだろう。その固定観念から自己を解放できれば、相手との関係の見え方も変わってくることが期待できる。

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