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2015年7月10日(金)

環境心理学で考える

第61回 サラミスライス

 少し前のことであるがこんなニュースがあった。JAXA(日本の「宇宙航空研究開発機構」)の観測衛星あけぼのがまもなくその機能を停止するが、これまでの26年間にあけぼのの観測データを用いて書かれた論文が博士論文、修士論文を含めて500以上になる(2015年4月18日付け The Yomiuri Shinbun オンライン版)。あけぼのはオーロラの観測衛星なので、こうした論文のほとんどは広い意味でオーロラに関係するものなのだろう。私はマイナーな領域(環境心理学と環境犯罪学ですね)で研究しているので、やや専門的に限定した場合の研究テーマの論文は検索範囲を広げても、外国で書かれたものを含めて、過去すべてで数百、大概は100程度しかない。なので、オーロラに関する論文が26年間に少なくとも500件あるというだけで、物理学・天文学という領域のメジャーさを思い知らされたわけだが、もう一つ連想したことがあった。サラミスライスのことである。

 そもそもサラミスライスとは、あの食べ物のサラミソーセージのスライスのことなのだが、サラミスライシングとして戦術の名称として使われた場合には、相手に気づかれないようにすこしずつ状況を自分に都合がいいように変更し、最終的には大きな利益を得ようとすることを意味する。つまり、サラミを丸ごと1本盗んだ場合にはすぐにばれてしまうが、多くのサラミをすべてスライスし、そこから少しずつ1本分を盗んだ場合にはばれにくいことの比喩である。そして、アカデミックにおけるサラミスライスとは、1つのデータから複数の論文を公刊することを意味している。やや元の意味とは異なる気がするが、悪い目的で何かを切り分けるというニュアンスの共通性からこうよばれるのだろう。そして、サラミスライスされた論文を書くことは禁止されている。

 しかし、同じように禁止されている、同一の原稿、あるいは1つの研究成果を複数の形で公刊する二重投稿・二重公刊(出版)とくらべて、しかしサラミスライスであるかどうかの判断は、ややわかりにくいところがあるかもしれない。たとえば、あけぼののデータを用いて書かれた論文は、あけぼのからとられたデータというくくりにしたとしても、明らかにサラミスライスによる論文ではないだろう。また、国勢調査などの官庁データや、大きなプロジェクトで採られた共有データで、後に自由に利用できるデータなどを用いた研究などもサラミスライスをしたとはみなされないだろう。

 サラミスライスが有害であるのは、1つにまとまるべき知見が複数に分割されることにより、知見に対する印象を含めて、メタ分析などの結果に影響を与えてしまうこと、差読者や読者の時間を浪費すること、また執筆・公刊者に本来与えられるよりも不当に大きな業績を与えてしまうことなどが理由である。こう考えると、機械的に1つのデータという基準よりも、1つの知見ということを基準に含めて判断することが必要なのであろう。いずれにせよ、最近サラミスライスがこれだけ論文公刊における話題になるということは、明らかにそうした形の悪い論文があるということなのだ。現在研究者は研究倫理の問題はよくよく気をつけたい。悪意はない不注意であるということも見逃してはもらえない。自分の良識に鑑みて、少しでもグレーゾーンにあると思ったときには、止めておく、あるいは投稿先によく確認するということが必要であるとくれぐれも肝に銘じたいものである。

 

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