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新サービスや自主調査結果、関連する学問領域のコラムなどを掲載しています。

 昨年7月、台湾の台中市で開催された国際会議に学生と一緒に発表に出かけた。その日の大会スケジュールが終わり、夕食をどこで食べるかネットで調べていたら、宮原眼科という店があった。日本名の面白そうな店なので、タクシーを飛ばして行ってみると、1927年にできた病院を改築して、今風のレストランとなっており、お土産とアイスクリームを販売していた。  そこで、2階の…

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 東京駅の改修が終わったようである。銀座に向かう八重洲口のほうは商業施設を刷新して、皇居側の丸の内口は、丸の内駅舎(元中央停車駅)の両端の塔の屋根が改修された。これは戦災で毀損した屋根を応急処置したままで戦後を過ごしていた状態を、辰野金吾の元の設計通りに復元したということである。これは建築愛好家には長年熱望されていたことであった。  東京駅の付近は日本…

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  またまた野球の話しから始めて恐縮だが、アメリカメジャーリーグに挑戦している日本人プレーヤーの活躍ぶりを評価する人々の話しを聞いていると、なかなか面白いことに気がつく。前回紹介したような、結果を見て評価を決める「あと知恵バイアス」が働いたコメントも多いが、もうひとつ気がつくのは「やはり自分が思っていたとおり、彼は落ち着いたマウンドさばきを見せている」と…

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 今年の四月から京都に移り、時間が空いたとき、東山地区を中心にいろいろ探索した。すると京都は政治に中心であったのと歴史があるので、いろいろなところで様々な物語を聞いた。自宅の近くにある六道珍皇寺や幽霊子育飴の物語を聞くと不思議に共感、感動を覚えた。もしも最近できたお寺や単なる飴では、このような共感、感動を得ることができないだろう。同様に製品やサービスでも…

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 ヨーロッパの都市を訪れると整然とした美しさに感動させられることが多い。統一された様式の建築物で構成された街は、ひとつの大きな作品のようですらある。一方で日本にはそうした統一感のある美しい街はほとんど存在しない。第8回「コモンズの悲劇と都市景観」ではこの原因として「全体を考えない,部分ごとのデザインや表現の追及が,全体としては調和のない質の低い景観を作り…

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  私は無類の野球好きで、ビール片手にナイター中継を観戦できれば、この上なく幸せでいられる人間である。ただ、ひいきのチームの試合運びがうまくいかないと、ついつい一人でぶつくさと文句を言い始める。先日もこんなことがあった。ひいきのチームが2アウトでランナー2塁のチャンスを迎え、バッターがヒットを打った。「やったー!タイムリーヒットだ!」と歓声をあげたのもつ…

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 今年3月、バルセロナでユーザインタフェース関係の国際会議があり出席した。時間に余裕ができたので、ガウディのカサ・ミラの観察に出かけた。カサ・ミラは明治の末期に完成した高級アパートである。空間が有機的でなかなか見ごたえのあるデザインであった。彼がデザインした椅子や建物の構造を見ると、形からデザインしたのではなく、人体や建築構造からデザインしたのが分かる。…

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 村上春樹の「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」の中で語られた「百科事典棒」について覚えているだろうか。百科事典の全内容を楊枝(ようじ)1本に刻み込めるという話である。  どうやるのかというと、1)百科事典の文章をすべて数字に置き換える。つまり、各文字を2ケタの数字にする。たとえばAは01、Bは02のようにし、スペースは00のように他の記号も数字…

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 私の住む福岡では、昨年の春先は、大気汚染物質PM2.5の話題で持ちきりであった。テレビやラジオ、新聞、インターネットでもPM2.5 の被害にピリピリとしていた。小さな子どもを持つ親たちは「子どもを外で遊ばせてやれない」と嘆き、のどの調子が悪い大人たちは一日中マスクをつけ、花粉症の人たちは「今年は症状がちょっと違うし、重い」などと話していた。我が家でも、…

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 環境心理学におけるランドマークとは「自分がどこにいるのかを判断する(定位する)ために用いられる目印」のことである。都市計画家・学者のケビン・リンチの提唱した都市のイメージの基本要素のひとつだ。ランドマークは目印として役に立つために、基本的には高くて目立つことが必要になる。たとえば、高いビルやタワーがランドマークの機能を果たすことが多いが、山というような…

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 我々が通常、会話を行う際、制約条件を明確にした後で、結論を述べることが必要である。今年の3月に引っ越しをしたが、この際、この制約条件について、明確にしないまま結論を述べる人が多く、困惑した。また、ある時は書類を書けと言われたので、自分でその枠組みを考えて、書類を作成したところ、こういう制約条件だからダメと言われた。なぜ、最初に制約条件を言わないのか非常…

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 随分前になるが、私が、看護学生の教育プログラムを打ち合わせるために訪れた病院の食堂で、ベテラン看護師さんと昼食をとりながら、一緒にテレビを眺めていたときのことである。ニュースの中で著名な政治家が入院して散歩をしている様子が映った。テレビに映った政治家の様子を一目見て、そのベテラン看護師さんが即座に「ああ、かわいそうに」とぽつりと声を漏らした。私は、「さ…

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 周りに人がたくさんいれば混んでいると感じるし、人が少なければすいていると感じる。あたり前のことのように思える。しかし、じつはこうした混んでいると感じる程度と、単位面積当たりの存在する人の数は同じものではない。  単位面積当たりの人の数、つまり密度は物理的な「混みあい」の程度であり、一方のそうした状況がもたらす心理的な反応は「混みあい感」といわれる。この…

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 図1は東京の地下鉄の住吉駅の案内図であるが、私は地図情報と現実の環境との対応付けが上手くゆかず、間違った方向に行ってしまった。つまり、立っているところがどの通路に相当し、どちらの方向に行けばいいのかが分からなかったためである。  図2の谷町四丁目の駅の構内案内図は、谷町線と中央線が交差しているので、複雑であり分かりにくい。  最近、困った経験をしたのは…

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 前回、交渉の場面で相手を信頼するには勇気が必要となると述べた。この勇気を持つことができないばかりに、交渉は難しい局面に入ってしまうことも多いのである。どんな勇気が必要であるのか、以下のような場面を想定してもらいたい。少し現実離れした設定ではあるが、今回論じている「勇気」の特性を理解するのに役立つはずだ。  ジョンは仕事を失い、これからどうして暮らしてい…

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 今回は環境心理学における根本的な問いのひとつである「良い環境とは何か」について考えてみたい。ここで考えてみたいのは、個人ごとに持つ特定の嗜好性や環境のもつ付加的な意味ではなく、一般的に肯定的な気分・感情をもたらす環境というのはどんな環境なのかということである。  情動に関する心理学者のラッセルとワードは、肯定的な気分・感情をもたらす環境が2つに大別でき…

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 図1を見てほしい。地下鉄のプラットホームにある点状ブロックに、1本の凸状の線が加えられてある。この線は盲人がホームからの転落を避けるための配慮である。この線がないとどちら側がホームの端か分からないためである。    我々の身の回りには様々な配慮が埋め込まれている。図2は目薬の容器であるが、指に当たる蓋の側面部分が凹状になっており、開け閉めを気持ちよく行…

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 今回は、交渉場面で、ときとして無自覚のうちに直観的に働いて、我々の意思決定や言動を不合理な方向に導く心理的変数の代表として、交渉相手に対する「信頼」について考えてみたい。  初対面でまだまだ信頼関係のできあがっていない相手との交渉場面では、些末なことでも注意しながら話を聞き、合意内容を詳細に確認しなければならない。しかし、信頼関係のできあがっている相手…

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 自然観・環境観とは、その人にとって「自然環境というものがどういうものか」ということである。つまり、自然に対するイメージ・評価や態度の総体ということであろう。たとえば、かつて西欧においては自然とは人間と対立する偉大な畏怖と恐怖の対象であったと同時に、征服すべきものであり、かつ無尽蔵に利用してよい、することができるものとい自然観が支配的であった。こうした自…

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 先日、谷町線の南森町駅から天王寺駅に行くため、ホームに向かったとき図1の写真の行き先表示を見たとき、一瞬行き先の確認ができなかった。図1にある通り、天満橋と天王寺の最初の文字が天なので紛らわしかったのと天満橋と南森町の位置関係が直感的に分からなかったためである。じっくり見ると行き先表示板の真ん中に天王寺が表示されており、確認できたわけである。多分、天満…

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