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2017年7月24日(月)

観察工学の概念と方法

第84回 構造的にとらえる(14)-モノやシステムの本質を把握する④-

 以前から気になっていたことであるが、スーパーやコンビニで売られているパックになっているキャベツなどの千切りの商品の水洗の表示である。ある商品は「洗わずそのまま食べられる 千切りキャベツ」と大きく表示されていた。更に、洗わずにそのまま食べられる秘訣をイラストで洗浄工程を示してあった。一方、別の商品では、表面には何も書かれておらず、裏面に小さい文字で、冷水で水洗いし、良く水を切ると美味しく食べられるというような表示がしてあった。汚れていないが、水洗すると美味しく食べられるという意味なのか、汚れているかもしれないので水洗してくれという意味なのか不明である。消費者の知りたい情報が曖昧である。こういう情報は明確にして、消費者の目につくところに表示すべきであろう。

 また、先日、京都市営バスに乗車したとき、車内で天井から高額紙幣の両替というタイトルで、バス車内での一万円札、五千円札の両替はできませんと表示がされていた(図)。この時、思ったのが事前にバス停に表示したほうが良いということであった。いろいろな事情により、車内で掲示したのであろうが、顧客の乗車後、高額紙幣しかないことに気がついたときはどうなのだろうか?

 更に、居酒屋、料亭などで出されるお通しも事前に連絡も無く、出されるのも習慣といえ腑に落ちない。

 この3件から普遍化するというわけではないが、事前に制約条件として表示したほうが合理的、あるいは公平であると言える。大昔、友人が出身大学以外の大学院を受験した際、事前に指導教員に研究相談していないという理由で落とされたことがあった。受験条件にそのことが明記されていないにも係わらず、である。以前の就職試験や役所の手続きもそうではなかっただろうか?その点、私が知る限りでは、米国の場合は明快のように思われる。例えば、私は米国の人間工学会に所属しているが、その会長選挙は毎年あり、複数人が立候補し、事前に会長になった場合の約束事を明確に述べている。国内の場合、4つの学会に入っているが、間接的な選挙のためか、会長候補の公約を聞いたことが無いし、会員が知らない間で決まっている。こういう曖昧なやり方は集団無責任体制となり、組織の発展を阻害するだろう。

 我々は制約条件の中で生きているので、この制約条件というフィルターを通して、システムや社会を見てゆくと、気がつかない、見えない様々な問題点を構造的に抽出することができる。