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2016年12月15日(木)

行動観察と社会心理学

第77回 ひとりの行動が社会変動に結びつくとき(6)-集合現象に関する社会心理学研究を参考に-

 前回は、ドナルド・トランプ氏のドア・イン・ザ・フェイス的特徴の強い常識破りの主張が、既存の政治体制に不満を感じている人々の関心を引きつけた可能性について考えた。ただ、最終的に勝利するほど多くの人々がトランプ氏に投票することになった理由は、よくわからないところが多い。というのも、その主張自体にかなりの矛盾や綻びが目立ち、批判され酷評されることが選挙戦最終盤まで続いたからである。

 彼の主張を酷評し、否定し、嫌悪する人々が増えていったのは確かなことのように思われる。ただ、その一方で、それに負けないほど、あるいはそれを上回る勢いで、多くの人々が支持し、同調していったからこそ、選挙の勝利へとつながったのだといえる。なぜこんなことが起こったのであろうか。

 選挙結果に大きな影響を与えることが指摘されていた白人貧困者層と表現される社会階層の人々には、厳しい現実の日常生活に苦痛を感じ、一日も早く状況が変わって欲しいと願う人々が少なくなかった。イギリスのEU離脱に関連して述べた第72回のコラムにも書いたように、差し迫った願望は「双曲割引のバイアス」を働きやすくさせる。

 遠くから見ると、さほど高くない木でも、すぐそばまで近寄れば、空を突き上げているかのごとく高く見えてしまう。物理的距離と同様に、時間的に遠い先々に実現されることがらは、さほど大きなことではないように感じられるのに対して、直近の差し迫ったことがらは非常に大きな問題であるように感じてしまうのである。

 3ヶ月先のダイエットの成功がもたらす喜びよりも、目の前の1杯のビールを飲み干す喜びは大きく魅力的に感じてしまう(第50回第51回も参照して下さい)。同じ理屈で、数年先の確実な雇用と収入よりも、とりあえず明日からの仕事と収入を得て、生活が少しでも楽になることの方が、より魅力的なことに感じてしまうのは、差し迫った状況におかれた人なら誰しも同じである。

 この差し迫った思いに、トランプ氏の主張は希望の光をもたらすものだったと考えられる。差し迫った人々にとっては、いかに批判されようとも、「リーダーとは『希望を配る人』のことだ」というナポレオンの言葉を具現するかのような言動に感じられたのかもしれない。

 さらに言えば、トランプ氏の型破りな主張は、既存の政治体制や社会に不平と不満を持つ多くの人々が、心の中ではいつも漠然と思いながらも、「人前で口に出して言うことははばかられる」と考えていたことを代弁するものであったと推測される点も重要である。

 不法移民に職を奪われたせいで収入を失ったと考える人々や、イスラム教がテロリズムを生み出していると考える人々、白人が他の人種よりも最も偉いと考えている人々、その他、差別的で偏見に満ちた考え方をしている人々は、それは間違っていると教えられ、その価値観に服従してきた。「自分はそうは思わないが、みんなが間違っているっていうのだから、黙っておこう。」と本音は隠して対応してきたわけである。これは、一種の「多元的無知(=裸の王様的)」現象のひとつである。

 ところが、大統領候補が、移民排斥や宗教弾圧等、人権意識の欠如だと解釈されかねないことでも、公然と主張し、批判されても、その態度を変えなかった。言ってみれば、トランプ氏はアメリカ社会が抱える様々な「多元的無知」の存在をあからさまにして、それを破壊するような言動をとっていったと言えるだろう。もちろん、その差別的な主張は受け入れがたいものであり、国際社会からも厳しい批判にさらされ、嫌悪感さえ持たれるようになった。しかし、その対価として、既存の政治体制に不平と不満を抱くアメリカ国内の白人貧困層の中に、確固たる支持層を作り上げることにもなったのである。

 前回も念押ししたが、いかなる社会現象も、単一の原因だけで発生したり収束したりはしない。多種多様な要素が複雑に絡み合い、化学変化のような効果が生まれることによって、発生したり収束したりする。意外で不思議だと受け取られるトランプ氏の大統領選挙の勝利も、偶然的な要素が重なったのではあろうが、社会心理学的視点から捉え直してみると理解可能な現象に見えてくる。

 EU離脱を決めたイギリスの国民投票、そして、アメリカ大統領選挙の結果は、私たちが住む日本社会のあり方について考え直してみるときに、示唆に富むように思える。アメリカ流に倣うことの多い政治や行政、そしてビジネスのマネジメントのあり方は、日本社会のどのような変動と将来につながるのか気になるところだ。