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2014年4月8日(火)

行動観察と社会心理学

第45回 人間行動の直観的判断の不可解さと面白さについて(1)-「利用可能性」ヒューリスティックの影響-

 私の住む福岡では、昨年の春先は、大気汚染物質PM2.5の話題で持ちきりであった。テレビやラジオ、新聞、インターネットでもPM2.5 の被害にピリピリとしていた。小さな子どもを持つ親たちは「子どもを外で遊ばせてやれない」と嘆き、のどの調子が悪い大人たちは一日中マスクをつけ、花粉症の人たちは「今年は症状がちょっと違うし、重い」などと話していた。我が家でも、洗濯物を外に干してよいものかどうか、毎朝、PM2.5 予報のホームページにアクセスして確認をしていたものだ。

  ところが、今年はそんな不安や嘆きの声、あるいはPM2.5 をチェックする行動は、昨年ほどぴりぴりはしていない。マスメディアも時々は話題にしても、昨年に比べれば、取り上げることはかなり少なくなってきた。先日「もうPM2.5は飛んできていないのかな?」と思って、観測結果を掲示しているホームページを久々に確認してみたが、PM2.5も黄砂も結構飛んできているようである。なぜ、昨年はあんなに皆神経質に反応していたのだろうか。

 こんな対応の違いが生まれる背景には、対象となる状況と関連のある過去の出来事の「思い出しやすさ」が深く関連している。人間は、(1)自分の記憶に残っていることだけを事実だと思い込みやすく、(2)思い出しやすいことがらは、これからも起こりやすいと考え、(3)思い出しやすい情報に強く頼った判断をしがちであることが認知心理学の研究でわかってきている。自分が直面している状況に関係して思い出しやすいことがらがあるときは、我々は、その思い出しやすい情報に一方的に頼った判断をしてしまいがちなのである。この心理メカニズムは、「利用可能性のヒューリスティック(availability heuristic)」と呼ばれている。ヒューリスティックとは、直感的な判断を意味する概念である。

  「利用可能性のヒューリスティック」が影響している人間の判断の具体例としては、冒頭のPM2.5 の事例の他にも、飛行機事故の直後は、飛行機に乗るのをやめて電車やバスを利用する人が増えたり、狂牛病が発生した直後は、病気とは全く関係のない部位を含めて、牛肉そのものを食べるのを控えてしまう人が増えたり、といったことがあげられる。飛行機が事故を起こす頻度は、世界中で1年にごく僅かの回数である。それに引き替え、電車やバスが事故を起こす頻度は、世界中でカウントすれば、相当な回数になる。事実に即して考えれば、事故にあうリスクは電車やバスの方がよほど高いのに、そんな事実には注意が向きにくいのである。なぜなら、航空機事故は、発生すると大規模な事故となり、その悲惨さが際だつ。また、滅多に起こらないからこそ、事故の印象は強いインパクトもって我々の記憶に残りやすい。その結果、当分の間は、我々は生活の様々な局面で事故のことを思い出しやすい状態になってしまう。PM2.5 にしても狂牛病にしても、あらゆるメディアがこぞって報道することで、我々の記憶に強く残り、思い出しやすい状態ができあがってしまうのである。

 思い出しやすさに加えて、情報が具体的で直接的であることも「利用可能性のヒューリスティック」による判断の歪み(バイアス)を助長することになる。たとえば、仲の良い友人からの口コミ情報は、客観的に考えれば、単なるひとつの情報でしかないのだが、新聞や雑誌に掲載されている情報よりも、判断をするときに重視する度合いが大きくなってしまう。誰が書いたかわからない情報よりも、身近な人がもたらす情報の方に、我々の判断はついつい引っ張られてしまうのである。他にも様々な情報があるのかもしれないのに、我々は自分の記憶に残っていることだけが事実だと思い込み、それにたよって判断しやすい傾向をもっていることも、口コミ情報の影響力の強さを生み出す一因となっている。

 利用可能性ヒューリスティックは、本人も気づかないうちに判断に影響するところに特徴がある。これを逆手にとって、マーケティングの業界では、商品の拡販に利用することも多い。マーケットの売り場に沢山並んだカップラーメンの中から、消費者が我が社の製品を手に取り、買い物かごに入れるようにするには、消費者の記憶の中から「おいしいラーメンといえば○○」という情報を思い出しやすくするための戦略が多様に実践されているのである。CMやPOPを注意深く吟味していけば、情報のインパクトを高め、印象を強め、記憶に残りやすく、また思い出しやすいものとするための工夫がたくさん見つかる。身近な購買生活の中で、「なぜ消費者は○○を選ぶのか」という問いに対して、利用可能性ヒューリスティックの可能性も視野入れて検討してみると面白い発見があるかもしれない。